いま思えば、全くもって理解不能な海水浴の2つの謎



子供の頃の夏休みって40日ぐらいあるじゃないですか。

当時の私には、その夏休みが果てしなく永遠に続くんじゃないかと勘違いするぐらいの壮大さでした。そして、一日一日充実していたような気がします。

 

今では40日なんて、あくびしてたら過ぎ去っていくレベルです

 

夏休みに何をしていたかといえば海水浴ぐらいしか思い浮かばないです。

うちは歩いて1分ぐらいの所に指定の海水浴場があったので、夏休みは、毎日のように泳ぎに行っていました。

今思うと、海水浴にまつわる理解不能な謎が2つあります。

 

誰かがおぼれたりした時、そのお母さんたちは戦力になるのか?

 

まず1つ目は、指定の海水浴場では、母親たちがテントの下で順番で監視してくれていました。

 

子供たちは命札という、かまぼこの板に名前を書いてそれに学校の焼印を押した板を夏休み前に学校で準備してもらうんですが、それを持って行って泳ぎに行った時にお母さんたちに預けて海に入るのです。

 

そして、帰る時にその命札を戻してもらって帰ります。それで、皆無事に戻ってきたという事を確認するシステム。

 

私の記憶では、お父さんが来ていた事はなくて監視のひとたちは、いつも穏やかなやさしいお母さんたちでした。

 

もし、誰かがおぼれたりした時、そのお母さんたちは戦力になるのか?お母さんたちは万が一の時、一肌脱ぐ覚悟はあったのか?

 

今考えると大きな疑問が残ります。携帯電話も無い時代です。

幸いにも私の通っていた海水浴場では事故などはなかったので、お母さんたちが暖かく見守っていたお蔭だと思っています。

 

毎日泳ぎに行って何が楽しかったのだろうか?

それから、2つ目の不思議は毎日泳ぎに行って何が楽しかったのだろうか?という事。

本当に毎日のように泳ぎに行っていました。海水浴には潮の関係もあり、時間が指定されているのですがその予定表を毎日眺めて、海に入れる時間を心待ちにしていました。

 

他に遊ぶ事も無かったって事もあるかと思うのですが、それにしても日焼けを全く気にする事も無く皮膚が赤くなって、黒くなって、皮がむけてくる事を友達同士で自慢し合った思い出があります。

 

今では、その毎日のように行っていた海水浴場は埋め立てられてしまってかつての楽しい思い出を再現する事は出来なくなってしまいましたが、

 

無くなってしまった海岸で・・・・ ビーチ Beah ではなくて海岸。ゴツゴツとした石がいっぱい落ちていて、あおさと呼ばれる海藻そして、なんか名前も知らない決してキレイじゃない細長い茶色っぽい、そしてちょっと固い海藻とかが浮いているような海。

 

その海が大好きで、毎日のように行っていたその思い出は、鮮明に残っているんです。私の夏休みの私の思い出でした・・・・

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